寅治郎トライのブログ

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「くそったれ!少年時代」読書感想文

どうも寅治郎トライです。

読書感想文のお時間がやって参りました。今回読んだ本はチャールズ・ブコウスキーの『くそったれ!少年時代』です。ブコウスキーの自伝的小説と言われております。

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この小説を端的に言うと『世の中をナメている反発と文句だけの悪ガキが、剥き出しの格差によって己の青春を削られていく物語』と表現できると思います。主人公が『世の中をナメている反発と文句だけの悪ガキ』ですから、世の中の不条理や格差と遭遇しても適当にイラだって見せて、悪態をつくだけです。仲間と力を合わせて、勇敢に不条理と格差を克服していく様を見せるような高級な物語ではありません。

私が思うに、実際、不条理や格差と直面した際、若者に何ができるというのでしょう?ちょっとくらいは大人に掛け合ったり、カチ込んだりするかもわかりませんが、力もカネもないので本質的には何も変えられず、ただイラ立ち、悪態をつくしかできない人が大勢ではないでしょうか。そういう意味では主人公の行為行動は『若者あるある』を満たすもので、作品を通して、普遍的若者が描かれているといえると思います。私自身も、不条理や格差に真摯に向き合う姿よりも、イラ立ち悪態をつくだけの若者像に共感があります。

またこの小説で私が最も心奪われたのは、主人公が学校の卒業の催しで行われたダンス・パーティーの会場に、参加しないのにノコノコと向かったシーンです。普段大大大嫌いな同級生達がダンス・パーティー用におめかしし、大人びた姿になっているのを、自分はボロボロの服を着て、外の窓から覗き、悪態をつくのです。同級生が大大大嫌いなら、経済的な理由でパーティー衣装を用意できないのなら、ダンス・パーティーになんか行かなきゃいいだけの話なのですが、主人公はボロを着ても、青春の象徴であるダンス・パーティーに向かったのです。『嫌いだけどうらやましい』という感情に突き動かれたためだと思われます。同級生などに『嫌いだけどうらやましい』という感情を抱くことは、若者にとっての最大級の『敗北』を意味します。そしてそんなこっぴどい『敗北』に心削られるのも『若者あるある』なのだと私は思うのです。

不条理や格差は若者の青春気分など無惨に削りにかかるものです。そんな時、仰々しい克服や回復の物語を示されるのに違和感を覚える人に届いて欲しい作品です。作品を通して、若者の哀れな敗北の描写の連続で、ブコウスキーの他作品に多様される酒と女の描写は控えめになっています。

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